『楽天IR戦記』著者の市川さんに聞く、世界からみた日本の人的資本経営

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当社のビジョン「"はたらき"から、笑顔を」に共感いただける企業や人に、実際に働きの中から笑顔を生み出す秘訣や成功事例を取材する『はたらき見聞録』シリーズ。
今回は、楽天グループやNECグループのIR(インベスター・リレーションズ)を担当し、楽天初の専任IR責任者として、投資家との対話や資金調達、東証一部上場(指定替え)を牽引してきた市川さんへ、世界からみた日本企業の「人的資本経営」についてインタビューしました。

世界からみた日本の人的資本経営について取材

―― 人的資本経営とは、従来の経営方法と何が違いますか?
「人的資本」という言葉を初めて聞いた人でもわかるように教えてください。
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(図解1)参考文献として市川さん著書『ESG投資で激変!2030年会社員の未来』より
ライターにて作図

今「人財」に注目が集まっています。
わかりやすくするため図(図解1)をつかって説明しますね。

人的資本は「人は資源ではなく、財産であって収益を生むもの」だから「人」にもっと投資しようということなのです。

左側は従来の人的資源の図です。
人材は「資源」の1つであるとされ、「ヒト・モノ・カネ」はコストと考えられ、可能な限り効率的、かつ少なく回すことが基本となっていました。会計上でも「人件費」に計上されますが、費用ときくと目減りするイメージがありますよね。つまり、資源は限りがあり、使い方次第で増えていくし、利益を守るもの。そう考えると人材はコストであるとも言えます。

次に、右側は近年の人的資本の図です。人材は「資本」と考え、将来の利益や価値を生む存在として位置づけされています。これは、従業員一人ひとりの個性を充分に育成・活用することで代替のきかない企業の付加価値を生み、やがて経営にも好循環をもたらします。人的資本は企業価値を高めることに深く関係しているため、経営側にも大きなメリットがあります。

―― 人的資本経営が日本に導入されるようになった時代背景はありますか?

突然ですがクイズです。
海外投資家による日本株売買はどれくらいあると思いますか?

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(図解2)インタビューを元にライターにて作図

答えは約6割です。図解2のように、ほとんどが海外投資家に買われ、そこから新規事業などの資金調達をしています。ちなみに、日本の個人投資家は20%程度、証券会社が10%程度、残りの数%が国内金融機関です(出所:東京証券取引所、2023年投資部門別売買状況) 。

この比率をみて、日本政府がいかに海外投資家の意見を重要視すべきかが想像できますね。そして海外の投資家は、日本より早く「ESG投資※」を重要視するようになっていて、この流れが日本に押し寄せてきたのです。

※ESG投資とは、企業が長期的に成長するために3つの指標を設け、環境(E: Environment)、社会(S: Social)、ガバナンス(G: Governance)の取り組みでより実現できている企業が高く評価されます。

社会的な流れでいうと、自然環境を大事にしなければ世界経済は発展し続けられないという思想が台頭して、経済は将来を織り込んで「今」ESGを考慮した評価を企業の株につけるようになりました。
 
企業が永続的に発展して企業価値を高めるためには、ステークホルダーとの共存共栄を目指す必要があります。その企業価値を見立てているのが資産を預かり運用しているファンド(機関投資家)です。

―― 人的資本経営ではどんな取り組みがされていますか?

2023年6月より人的資本開示として有価証券報告書(有報)が義務化となり、主に以下の2項目が追加されました。

1)男女賃金差異と女性管理職比率
2)サスティナビリティの取組み全般

2)の中で、必須項目が「人的資本」です。具体的には「人材育成方針」と「社内環境整備方針」で、それに関連する指標・目標です。

やる気が出ない、能力が伸びない従業員へ向けて意識向上や育成を行う取り組みや、やる気と能力があってもそれが活かせない人へ向けた職場環境の整備をする取り組みを指します。人的資本情報の開示には国際的なガイドラインがありますが、何に注力し、何を開示するかはその会社に一任されています。

―― 開示すると何が良くなるのでしょうか?

開示に至る過程が重要です。経営や投資家にとって意味のある開示を行おうとすれば、どのような人的資本項目に注力して投資していくか議論が進みます。また開示後、社内外からフィードバックされ、PDCAを回すことで、人的資本経営を推し進めることが容易になります。
また、求職者にとっては「この会社は人材育成に投資しているから、自分が成長できる」と就職活動先を判断する基準にもなりますね。特に、近年の若手社員・新入社員は「自分はこの会社で成長できるか」という視点を持っていて、人的資本情報が開示されている企業が優先的に選ばれる傾向が高まるでしょう。

―― どう進めるとよいですか?

経営戦略に沿った目標を設定します。
たとえば、2030年までに実現したいビジネスモデルがあり、それに必要な能力を高める人材育成に取り組み、環境整備ではやる気を高める社員研修を構築していくなど。他にも、業務で役立つスキルや知識の習得を目的として勉強してもらうリスキリングの取り組みや、やる気がない人へはもっと頑張れるようにエンゲージメントが高まる対話の場を設けるなどがあります。これらの目標を設定するフレームワークがありますので、そちらは後で詳しく説明します。

―― 世界からみて日本の人的資本規模はいかがですか?

これまでの30年、世界の先進国に比べると日本企業の人的投資は、残念ながらダントツに低いです。これが今、国をあげて人的資本を推進している理由です。

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―― では、グローバル市場からみて日本の労働環境はいかがでしょうか?

日本企業の重要な課題としてエンプロイー・エンゲージメント※の低さがあります。

※エンプロイー・エンゲージメントとは
従業員が自分の会社に対して愛着や共感、思い入れ、忠誠心、士気や誇りをどれくらい感じているかということなど。たとえば、多少タフで困難な仕事でも情熱とやりがいをもって「これは自分の仕事」と主体的に取り組む状態は「エンゲージメントが高い」状態といえます。

2017年の従業員エンゲージメント調査(貢献意欲調査、ギャラップ社)によると、エンゲージメントが高い社員の比率は、世界全体では23%と過去最高の結果となった一方で、日本企業の従業員はわずか5%に。これは139ヵ国中132位という最低順位を記録しました。

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日本ではエンゲージメントが高くやる気のある人が6%、やる気のない社員(ノット・エンゲージド)が71%、やる気をあえて出そうとしない、場合によっては周囲のやる気を阻害するアクティブリー・ディスエンゲージドの状態の人が23%いると言われています。やる気がある人(エンゲージド)6%、やる気を出そうとしない人(ディスアクティブリー・エンゲージド)23%の数字を入れ替えたくなりますよね。

そこで社員一人ひとりの生産性を高めようとした場合、今会社にいる人の能力ややる気を上げることに注力すると再現性も高まりそうです。また、やる気がなくなる問題点や課題を洗い出し、一人ひとりの能力にみあうようにスクリーニングしてプロジェクトをアサインするのもひとつの手。関連している課題も想像しやすいので、戦力を練りやすいですよね。

―― 従業員のやる気は会社の業績に関係しますか?

エンゲージメントサーベイの調査では、エンゲージメントスコア(ES)と営業利益率及び労働生産性に相関関係あることがわかりました。

オープンワークで口コミサイトのデータを分析した人がいて、働きがいと働きやすさの両方を改善すると2、3年後に売上高の成長率が上がるか利益率が高まる傾向があるそうです。株価は1年後ぐらいに効いてきますが両方が高まっていないと効果がみられないようです。(出所:西家宏典・長尾智晴(2021年) 「従業員口コミを用いた働きがいと働きやすさの企業業績との関係」日本金融・証券計量・工学学会、ジャフィージャーナルNo.19)

―― 日本は、企業の労働への投資意欲(環境つくり)と従業員のやる気(働きがい)が低いことがわかりました。これでは働く未来はいったいどうなってしまうのでしょうか?

日本経済は人材不足や少子高齢化問題が逼迫していて、すぐに解決策の一手を投じる必要があります。

組織改革でいうと日本はこの30年間変わろうとしても変われなかった。そして、人口の減少問題が差し迫り、海外からの労働力に頼らざるおえなくなった「今」、ようやく変わらないことへの危機感を真摯に受け止めるようになりました。

たとえば、物流業界では物が届かないエリアがたくさん出てきます。建設業界では人出不足で建設に時間がかかり予定通り建物が建たないとか、介護業界では介護士などが足りなくなると言われています。また、交通業界でも病院や施設に通いたくてもバスを長い時間待たないといけなくなるなど、多数の問題が予想されています。

リクルートワークス研究所の予想では、2040年には全業種で人が足りなくなります。都道府県別では東京都だけ労働力の供給が足りていて、他の都道府県は全て足りない事態になると予想されています。

―― 今変わらないとかなりマズイことになりますね。
一方で、早くから人的資本経営を導入して、変わることに成功した企業はありますか?

丸井グループでは10年以上人的資本経営に取り組む中で、同業他社と比べて時価総額がずっと上がっています。現社長の青井さんが就任した後、一度業績が悪くなったところで、経営と従業員との関係を見直したところ、業績が大きく改善したそうです。

同社の人的資本レポートによると、まずは、丸井グループで働く意味を社員ひとりひとりに考えてもらう。次に、パーパス(丸井グループでは企業理念)を提示して自分ごととして腹落ちしてもらうための取り組みを行われました。会社のパーパスと個人のパーパスが重なると、よりその会社に居続けようとすると言われています。中には、自分のパーパスを考えた結果会社のパーパスと合わないことに気付き辞めていく従業員もいたので、導入直後は一時的に社員の離職率が少しアップしたそうです。しかし全体としては離職率はすぐに低下し、その後はずっと定着率も高く保たれています。(出所:丸井グループ 人的資本経営)

丸井グループのように、個人が働くことの意義を考え、会社のパーパスと照らし合わせて自分ごととして理解して働いくと、従業員のモチベーションが高まり生産性が上がり、会社の業績が改善し、給料も高くなるという良いスパイラルが生み出せる会社が理想です。

他の例に、味の素があります。2015年に就任した西井前社長が、働き方を大きく見直した結果、残業時間の大幅削減と利益向上を両立させ、優良会社となった変革は大きく注目されています。西井前社長が最初に行ったことはビジョンの見直しと価値の再定義だそうです。

このように探してみると、他の会社も働き方を見直したり働きがいを感じさせたりことによって業績を上げエンゲージメントスコアが上がっている企業がみられます。

ここに人材不足問題が拍車をかけます。人材の流動性が高まったいま、人々は人的資本経営ができている会社に転職しています。企業経営者は、これはやらないとまずいという事態になっています。すでに世の中には働きがいも働きやすさもある会社がいくつもあります。いつまでも給料上がらず、働きがいも感じられない会社では社員がどんどん会社を辞めて、他社へ転職していくのは当然の流れだと思います。

―― 実企業の事例をお聞きすると、どうやら「パーパス」が成功のキーポイントだとわかりました。このパーパスについて詳しく教えていただけないでしょうか?

わかりやすいように、株式会社を船に見立てて新規事業を成功させる航海へ向かうという図(図解3)をつかって説明しますね。

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(図解3)参考文献として市川さん著書『ESG投資で激変!2030年会社員の未来』より
ライターにて作図

会社の社会的な存在意義を「パーパス」と言います。

ステークホルダーはこの航海に利害関係のある人。さて、どんな人が登場するでしょうか?
航海する人:船長が社長。舵取りするメンバーが経営陣、そして乗組員の従業員。
陸で待つ人:株主、取引先、お客さま、乗組員の家族、または地域社会など。

航海には資金が必要で、事業活動にも資金が必要です。陸で旗を振って応援してくれているのが、株による出資者(=株主)です。出港前、船長はなぜこの事業をはじめたいのか、航海の目的(パーパス)や、長く稼ぐためのエンジンとなるビジネスモデルを伝えます。乗組員は、自分はワクワクできるかを考えてこの船に乗るかを決めます。株主は、将来その事業が生み出す利益を考えて出資します。そしてみんなの力を集めて航海に出ます。

また、長い航海中は、世界情勢や気候変動など予測できないことが起きるかもしれません。そんなときパーパスが大きな力を発揮します。船長が示すパーパスが強ければ、それに惹きつけられている乗組員たちは困難な状況でも強い意思をもって航海を続けようとするからです。安心安全に、ステークホルダーが待つ陸まで航海ができるようになります。

―― パーパスがステークホルダーを動かす「源」となるのですね。働く人の視点でみた場合、パーパスがある会社とない会社では何が違ってくるのでしょうか?

そのとおりです。そして、どんな事業も社会の役に立っているはずで、その「存在意義」はパーパスになりえます。
たとえば、スマホのゲームアプリ会社で働く人のパーパスはなんでしょう。そのゲームでみんなを楽しませているという意味合いで大いに社会に貢献しています。

パーパスがないと、私たちは社会で何の役に立ち、世の中を支えているのかきちんと意識できず、日々疲れ果てて仕事から帰ってくるだけになってしまいます。逆にパーパスがあれば、たとえ疲れていたとしてももう少し頑張りたいと思えます。なぜならば、自分がこのプロダクトを作ることによって、みんなの生活が楽しくなるからというモチベーションから、もうひと踏ん張りできそうです。

―― ESG投資と人的資本経営はつながりがありそうですが、いかがでしょうか?

ここでも図(図解4)をつかって説明しますね。

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(図解4)参考文献として市川さん著書『ESG投資で激変!2030年会社員の未来』より
ライターにて作図

ここでESG投資のおさらいです。企業が長期的に成長するために3つの指標は、環境(E: Environment)、社会(S: Social)、ガバナンス(G: Governance)でしたよね。

図解2では、ステークホルダーにパーパスを伝え、安全に航海を進めるのが船長の重要な役割ということがありましたが、これが社会(S: Social)の取り組みのうちの1つの要素になります。関わる人たちに対して安全な環境と、安心な心の状態を提供します。

次に、航海するにあたり、水質汚染でゴミが溢れている海や、地球温暖化で台風が頻発していてはなかなか船を進めることができませんね。安全に航海が持続できるようにするためには環境(E: Environment)の取り組みが必要です。

続いて、ガバナンス(G: Governance)です。乗組員を動かし、嵐から船を守り、無事に航海を終え、陸で待つ船主にお宝を届けるところまでを指します。船主が船長だけではなくなっているのがポイントで、帰港までの長い航海を安心安全に導くための管理体制を整えます。

このように、自分たちのサービスが環境などの地球規模の課題や、生活者にとって日常の困りごとを解決していると思うと幸せを感じませんか?
こういったことが、パーパスでありミッションやバリューにつながります。

―― 市川さんが考える、人的資本経営を成功させる重要なポイントはなんですか?

会社と社員がWin Winの関係になることです。

従業員エンゲージメントをあげていくには、社内報は有効だと思います。
会社側は、パーパスを誰でもわかりやすい言葉で明文化し、必要なら作り直して再提示するようにしてください。そして社員と向き合って対話をして、パーパスを一人ひとりの行動指針に落とし込むようにすること。社内報の役割は、中長期的でエンゲージメントを促進していくイメージです。

味の素のケースですが、社長が変わった時、新しい社長自らが全国で展開される支社や工場へ赴いて、従業員の言葉に耳を傾け風土改革の促進をしているそうです。経営者として何がしたいのかということだけではなく、社員はどう思っているのかを受ける意図があるそうです。こうして様々なレイヤーの従業員と多様なツールで社内コミュニケーションを取られています。

楽天グループのケースでは、会社から社員に対して伝えたい重要なことは、全社員が参加している朝会で伝えていますが、その後みんなが忘れないよう根付かせ浸透させるためのツールとして社内報があります。社員から会社に対しては、人事面談以外にもコミュニケーションが取れる機会があった方がよいでしょう。社内報は経営陣だけの言葉ではなく、一般の社員の言葉にも光をあてることができます。社員の視点でどんなプロジェクトのドラマが現場でおきているのか、その後の活躍もすくい上げて伝えることができます。さらに新入社員に光をあてて取り上げていくなど、会社のWinだけではなく従業員のWinも醸成できますね。

ポイントは、どちらかに片寄るべきではなく、両者にとってのWinを考えていくことが重要だと思います。

―― 人的資本経営を成功させるフレームワークについて教えてください。

このフレームワークは、Unipos社長の田中弦さんが、国内外の人的資本経営の開示を3000社以上見る中で得た知見をフレームワークとしてまとめたものです。進めるにあたり、パーパスを導くための課題、つまり理想と現実とのギャップの抽出が大切です。
課題を分析し、解決するためにはどんなアクションをするか、具体的な投資対象を決めて推進していきます。

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出典:「人的資本経営フレームワーク(田中弦モデル)」

たとえば、日常使いのファッションブランドが人気のアパレル企業のケースを考えてみましょう。

STEP①②では、ブランドの訴求するライフスタイルや企業の理念を設定し、理想と現実のギャップを分析します。STEP③では、個人に対しリアル店舗のスタッフの人材育成に投資、また集団・組織ではDX分野でセルフレジに投資をして推進することを決めました。STEP③では、店舗スタッフをどんなふうに育てるのか、DX化とDXを推進する人材をどう育成するか、個人と集団へのアクションが両方開示されるでしょう。

もし迷った場合は、STEP②に戻ると、課題を解決するために何が必要で、研修や教育が必要なのか、DXなどの技術開発投資で解決することなのか、人材を新たに採用するのかなど、どんなことをすればよいのか考えます。そしてSTEP③にリスキリング教育は組織としても必要だという判断にもし至れば、各店舗スタッフの能力を高めることだけではなく、組織的人的資本を作る必要があると言うことが明確になります。その両方のアクションが必要で、STEP④の創造ストーリーを考えると、店舗によってはリスキリングが重要なため、独自の指標を作ります。
そして、STEP⑤の改善施策ですが、最終的に目指すのは何かというと生産性向上やイノベーション、競争力強化や人手不足解消に結びつきます。

―― フレームワーク導入後どんな変化が期待できますか?

はたらく人の姿が変わるでしょう。

人的資本経営を10年実行した丸井グループでは、人的資本経営導入前後の全社会議の写真があります。以前は、出席されている社員みなさんは黒い背広を着て座っており、ほぼ男性でした。現在の写真を見ると、出席者の半分が女性で、自ら手を挙げて質問している姿が目立ちます。単に女性が増えただけではなく、社長の言葉から新しい企業カルチャーが醸成されて、みんなが手を挙げ質問する姿に変わったこと。
エンゲージメントが高まると、わかりやすいぐらい風土も変わるのだということを写真を見て実感しました。

―― すばらしい。今すぐこのフレームワークを実行したいです!

ぜひやってみてください。でも、良くも悪くも効果がみえるのに数年かかるのですよ。
そして数年かかるのを待てない経営者や株主、従業員も一定数います。
私的には、気候変動のように数十年単位ではないので、数年でこんなに会社が変わるのなら一緒に頑張りましょうとお伝えたいです。

―― 人や企業がガラッと変わるのなら、5年や10年間は意外と短いと感じましたが...。

途中でやめてしまうのは実にもったいないのは、会社も個人も同じです。待てなくて、すでに良い状態の会社へ転職してしまう社員も出てきそうですよね。人的資本投資を宣言してすぐに業績などの効果は出ないという点からも、どれだけその成長過程を伝えられるか、みんなが諦めないよう社内報などのコンテンツで示していくとよさそうです。

―― たしかに。社内報のあるべき姿についても改めて考えました。
人的資本とはたらく個々の人のウェルビーイングはどんな関係性だと良いですか?

組織も個人も健全でないと駄目です。社会と会社の持続可能性と個人のウェルビーイングの両立を追求しましょう。

ウェルビーイングというと、個人の健康や幸せを指す場合が多いですが、追求しすぎると緩い企業風土になる怖れがあります。それではWin-winになりません。そういった意味でも、経営者とマネージャー陣は、組織としてもウェルビーイングで、個人も仕事にやりがいを持つウェルビーイングを追求することが大前提です。そうすることで、体が健康であるだけではなく、やりがいや笑顔が生まれます。

―― とても勉強になりました。ありがとうございます。
ここからは、市川さんの素顔に迫ります。市川さんは3年後、5年後、10年後の日本企業がどうなっているといいと思われますか?

もし、会社の風土が変わらないと諦めている人がいるならそれはもったいないと思います。特に40代後半から60代の方に多くみられるように感じますが、新しいことへの挑戦を楽しみ、やりがいに繋がると、企業価値が上がり、給与もあがる。そんな未来の姿をみてみたいです。

ichikawa_08.PNG―― 普段はどのようなお仕事をされていますか。

本業のIRの助言、講演・執筆のほか、社外役員(上場3社、未上場2社)として活動しています。講演先には企業のIRだけでなく、全社員向けサステナビリティ講座や、大学生のアントレプレナーシップ講座などもあります。

―― 市川さんのお仕事のやりがいについて教えてください。

本来の株式市場の仕組みは社会を変革するための挑戦にお金が回るものだと考えています。それを分かりやすく伝えることで世の中が良くなるとよいなと思っています。

―― 日々の社内コミュニケーションで、大切にしていることはありますか?

今は独立しているため、過去の会社員時代でやっておいてよかったことを2点お伝えします。1つ目は上司でも部下でも、その人の言葉にある本当の気持ちを、不安なども含め理解しようという努力すること。2つ目は、自分の弱さとか悩みを開示すること。私は人に頼むのが下手だったのですが、協力を得られやすくなりました。

―― 働く上で一番大切にされている軸はなんですか?

誠実さ。
英語ではIntegrity.

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―― 仕事とは、一言で表すとズバリなんですか?

生きること。自分がこの社会に存在する意味を感じること。

―― 最近ハマっていることはなんですか?

YouTubeのヨガ。ほぼ毎日10分~20分くらいやっていてよく眠れます。

―― 一緒に仕事をしてみたい、一緒にプロジェクトを形にしたら絶対面白いと感じる人はいますか?

自分とは異なる分野で経験を積んできた人。自分よりひと回り以上年が違う人(上でも下でも)。

―― 市川さんが働く中で笑顔が生まれた体験やエピソードがあれば教えてください。

2つあります。

1つ目は、マネジメントに苦手意識があった私ですが、同じチームの部下同士で結婚するメンバーが現れた時です。悪いチームじゃなかったのだと思ってとてもうれしかったです。

2つ目は、株主とWin-winの関係が築けた時です。具体的には株価がすごく低い時に私の説明を信じて株を買ってくれた投資家が、2年後に高く売れたということがわかった時。その人とは今でも会います。

―― 最後に、見ている方へメッセージをお願いします。

みなさんが、健やかに自分らしく働けることを願っています!

―― インタビューにご協力いただきましてありがとうございました。
(取材日:2024年5月17日 / 取材者:菊池由佳)

取材にご協力いただいた方

取材に答えていただいたのはマーケットリバーの市川さんです。楽天グループ初の専任IR責任者として、投資家との対話や資金調達を牽引してきた経験から、海外投資家の視点も加えて取材にお答えいただきました。

マーケットリバー株式会社 代表取締役社長 市川祐子さん

マーケットリバー株式会社 代表取締役社長 市川祐子さん

楽天、NECグループなどで約15年に亘りIR(インベスター・リレーションズ)、資金調達、東証一部上場準備等に従事。旭ダイヤモンド工業、クラシコム、Stroly、ユアマイスターにて社外役員を現任。現在はクラシコムや旭ダイヤモンド工業、ウィルグループといった上場企業やスタートアップの社外役員を務めるほか、企業のIR担当者や起業家向けにIRのコンサルティングを行う。

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